計画研究

A03 影響モデル班

研究課題名
A03:人体温熱生理応答への微気象の影響解明とモデル化
研究代表者
平田 晃正 名古屋工業大学 大学院工学研究科・教授
http://cem.web.nitech.ac.jp/hilab/

概要

各人の熱中症リスクの指標として深部体温や発汗量が有効であるが、それらを直接計測することは倫理的にも技術的にも困難である。一方で、本研究班はそれを詳細な3次元人体温熱応答モデルを用いて算出する独自技術を保有する。本研究では、群衆全体と各歩行者の熱中症リスクを同時に低減するという社会課題解決のために、微気象に対する人体の温熱生理応答を定量的に明らかにした上で、その影響・応答を超高速に算出するモデルを開発する。具体的には、スパコンを使って3時間程度かかる同等の評価を、汎用パソコンを使ってミリ秒単位で評価できる縮約モデルを開発する。その上で、微気象予測情報を活用して、群衆と歩行者とが受ける熱ストレスをリアルタイムに最小化する未来社会サービスシステムの概念実証を行う。

学術的背景と核心をなす「問い」

熱ストレスは大きな社会問題である。特に、温暖化と高齢化に加え、ヒートアイランド効果も加わる都市部は3重苦に見舞われる。現状でも、日本では高齢者を中心とした熱中症に関連した死者は年平均約900名にも上っている(2007-2011年の平均値、[藤部, 天気 (2013)])。これは台風・大雨による死者不明者の年平均約60名(2004-2009年の平均値)に比べ桁違いに大きく(2018年7月豪雨では220名を越す方が亡くなられており、大雨被害はもちろん軽視できるものではない)、地震・津波による死者不明者年平均約1000名(1995-2016年の平均値)に匹敵する。安全安心社会を実現するためには、この熱ストレスの軽減、熱中症リスクの軽減および管理が大きな課題である。

人的被害のみならず、経済的被害も甚大である。例えば、温暖化による熱ストレスの増加により、昼間の労働可能時間損失が拡大すると懸念されている。2014年の米国気候展望 (American Climate Prospectus; http://rhg.com/reports/climate-prospectus) によると、2050年の米国の推定GDP38兆米ドル(=約4,100兆円)に対して、高温化に関連した労働生産性損失は約0.2%、つまり、年間760億米ドル(=約8.4兆円)に上ると推定されている。これは温暖化による被害推定であるが、ヒートアイランドによる高温化も見られる都市部では、人口過密効果も加わり、被害密度がさらに甚大になる可能性がある。街区スケールでの超高精細・微気象予測情報はこれらの熱ストレスの被害を軽減するために非常に有益である。実際、本研究班では、調和的予測班A01の保有する暑熱環境予測シミュレーションによって算出された5mメッシュの気象データ(気温、湿度、日射量、風速)を入力情報とし、3次元人体温熱応答モデルシミュレーションを実施することにより、同じ通りを歩く場合であっても日向側と日陰側の違いを考慮したリスク評価技術の開発に成功した(2019/7/23プレスリリース:都市空間での詳細な熱中症リスク評価技術の開発に成功~より安心・安全な行動選択に向けて~。"http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20190723_2/" Kamiya et al. (2019) )。

現状、人体温熱モデルによる詳細シミュレーションはワークステーションや大型スパコンを用いて、数時間から1日程度かけて実施されている。事前対策や重大インシデントの事後検討には有効であるが、リアルタイムのサービスに繋げたり、群衆に対して適用したりすることはできない。その実用のためには、スパコンを使って3時間かかる同等の評価を、パソコンを使ってミリ秒単位で評価しなければならない。そのような圧倒的な高速化を実現するために、本研究班では、微気象による人体への時応答を明らかにした上で、それを評価できるだけの縮約モデル(低次元モデル)を開発する。

熱ストレスの直接的な指標として、アメリカ合衆国産業衛生専門官会議規格では深部体温が用いられる。深部温度は瞬時の熱ストレスよりも時系列な変化が重要である。一方、深部体温を直接モニタリングすることは困難である。本グループは、国際的に認められた人体温熱生理モデルを保有しており、外部温熱環境の変化に対する人体の温熱生理応答を精緻に評価、深部体温を数値的に予測できる。また、機械学習技術にも習熟しており、人体の温熱応答を高速に予測できる縮約モデルを開発する基礎技術を有する。各歩行者の熱ストレス低減のリアルタイムサービスを実現するために最適で、必要不可欠なグループである。

図1:詳細な3次元人体温熱モデル。内臓も解像し、基礎代謝に加え運動強度も考慮した各器官からの発熱も考慮する。その他、発汗や被服の影響も詳細に考慮する。
†: T. Nagaoka et al., Phys. Med. Boil., vol.49, pp1-15, 2004.
†† : T. Nagaoka et al., Phys. Med. Boil., vol.53, pp.6695-6711, 2008.
目的と学術的独自性と創造性

従来、熱中症リスクに関しては、どこで誰が倒れたかという時空間的に1点での評価が行われてきた。しかし、実際は、刻々と変化する熱環境の中で移動していく中で、熱中症で倒れる人がいる。そのような場合には、人が受けてきた熱によるストレスの履歴が重要な役割を果たす。本研究は、そもそも倫理的にも技術的にも定量化することが難しい熱ストレスを数値シミュレーションにより評価しながら、刻々と変化する周囲の熱環境(微気象)を考慮した熱中症リスクを予測し、低減する未来社会サービスを実現するための基盤モデル技術を開発する。