領域概要

自然と調和した持続的かつ快適な未来社会の実現へ

近年のシミュレーション科学とデータ科学の進展には目覚ましいものがあります。この進展に伴い、情報と実社会が高度に融合した未来社会の実現が謳われるようになりました。ここでは、ネットワークに繋がった自律システムが協調・連携することによって、社会は自律的に最適な状態を保ち続けることができるようになります。自律飛行ドローンが上空を飛び交い、様々な支援ロボットが街中を闊歩してる様子が目に浮かぶようです。

さて、ここにいう最適な状態というのは、社会が人間にとってのみ安全で快適であるということではありません。自然(環境と生態系)と調和した持続可能な状態であることを言います。この最適な状態においては、温暖化、環境破壊、ヒートアイランド、高齢化に伴う生産性減少や防災力低下が克服され、自然と調和した持続的かつ快適な社会の中で、人々は安心して創造的に暮らすことができるのです。

自律飛行ドローンをはじめとする人々を取り囲むこれら無数の自律システムは、サイバー空間内に再現された過去・現在・未来の気象と社会ネットワークの統合情報(気象情報インフラに常時アクセスします。そしてその一方で、自律制御のためのリアルタイムセンシングデータの一部は気象予測シミュレーションに同化され、気象情報インフラの信頼性担保に利用されます。つまり、予測シミュレーションと無数の自律システムが協調して、気象情報インフラを構築するのです。ネットワークにさえつながっていれば、あらゆるシステムと機器がその気象情報インフラに容易にアクセスできることになります。そして、人々が意識せずとも、各自律システムが時々刻々と複雑に変化する気象と社会に応じて、自然との調和を保ちながら、様々な社会課題を解決するための社会サービスを提供することができます。

図1:自然と調和した自律制御社会。
持続的かつ安全安心で快適な社会を維持するために、協調連携する無数の自律システムが、気象情報インフラに常時アクセスしながら、自然と社会に対する計測、予測と制御のフィードバックループを回し続ける。

未来社会実現のためのカギとなる微気象

このような未来社会を実現するうえで、人間生活に直結する微気象という概念が非常に重要となります。この微気象とは、建物や人間活動などの影響を強く受ける地表から高度100m程度までの気象のことを言います
しかし残念なことに、現状においては、この微気象を対象とした予測技術も観測技術も未熟であることは否定できません。通常の気象予測シミュレーションは、計算解像度の不十分さと物理過程の大幅な簡略化のために、都市建物や刻々と変化する人間活動の影響を考慮することができず、街区内のような生活圏の微気象を再現することはできません。また仮に計算解像度を向上させたとしても、計算コストが甚大であるために、微気象をリアルタイム(即時的)に予測することはできません(予測のボトルネック)。さらに、刻々と変化する微気象やそのスケールでの人間活動を詳細に観測する手段もありません(観測のボトルネック)。

そこで、本領域はこのような予測のボトルネックを、建物や樹冠を解像し、人工排熱だけでなく3次元熱放射過程までを詳細に計算できる超高精細・微気象シミュレーションにAI技術を融合した技術を用いることで刻々と変化する社会活動への適合性リアルタイム性を兼ね揃えた調和的予測により解決しようとしています。さらに、観測のボトルネックについては、協調連携する多数のドローンによる機動性と刻々と変化する環境への適応性を兼ね揃えた能動的観測により解決しようと計画しています。

もっとも実際に必要な「時空間スケールと精度」は、予測・観測連携の技術仕様のみから決まるものではなく、対象とする社会的課題とそれに対応する未来社会サービス(出口)の要求仕様と予測・観測・制御連携の技術仕様とから調和的に決めることが必要となります。

この点、本領域では、未来社会サービスにつながる課題として2つを想定しています。対象社会課題1では、近年の熱中症問題に対し、街区内の各歩行者が受ける熱ストレスと群衆全体が受ける全熱ストレスを同時に最小化する課題を想定しています。

また対象社会課題2では、大型プラントで問題となっている Hot Air Recirculation (HAR) 発生予測による損失を最小化する課題を想定しています。大型天然ガス・石油・石化プラントでは、風上側からの異常高温排気塊が風下側の熱交換器や各種装置に吸い込まれる事によって思わぬ性能低下を引き起こすHAR現象に起因する生産量低下によって、全世界で甚大な経済的損失があります。微気象予測情報に基づき各機器を最適に運用しつつ、全体の生産量を最大化する効率的運用を実現することを想定しています。

これら2つの課題解決には、微気象が人間・社会に与える影響の評価や微気象スケール現象そのものの解明が必要となります。そのための「時空間スケールと精度」を、予見情報の持つ社会的価値が先行時間と共に向上するのに対して予測精度が先行時間と共に劣化するというトレードオフを考慮しつつ、明らかにしていきます。そしてそれらを、調和的予測技術と能動的観測技術を融合する際に共有することで、真に社会的価値を生み出せる微気象予測システムを構築していきます。また、この研究成果から、観測・予測・制御の連携に基づく新学術領域“微気象制御学”を創成することを目指します。